奥村啓介編
部屋の角を曲がった瞬間に、その男に呼び止められた。
それは一通の手紙から始まった。
『相談したいことがある』
手短に近況と用件が書かれた手紙。久しぶりに見る、かつての親友の筆跡。
手紙を読み終えてため息を一つつくと、直江は会わない訳にはいかないな、と受話器にゆっくりと手を伸ばした。
「相変わらず、傷だらけだな。おまえは」
身体を眺めて、奥村が呟く。
義明は彼に何と答えていいのかわからずに、苦笑した。
奥村は義明にとって高校時代の数少ない友人の一人である。義明の家庭環境を知って親身になって接してくれる友人だった。
大学に入り、お互いに卒業を迎える頃には自然と疎遠になってしまったのだが。
「……おまえ、しばらく見ないうちに男前になったな。このぶんじゃ、女がほっとかないだろう?」
義明の顔を覗き込み、奥村が絡んでくる。
「とても僧侶にしとくには惜しい身体だよな」
義明の腰に腕を回しながら、耳元に囁いた。
奥村の唇が掠めるように義明の唇に軽く触れる。
「奥村……」
何かをいいたけげな義明の喉元に舌を這わせ、そのまま胸元へ降りてゆく。
指先が、ネクタイを緩め、シャツのボタンを外していく。
義明が奥村の動きを止めようと彼の腕を掴む。
「やめろ………」
「今更だろう……おまえだって期待してここまで来たくせに」
耳元に唇を寄せて、囁きかける。そのまま耳朶を軽く噛まれ、義明の肌が引きつった。
この部屋に着いたときから、こうなることがわかっていたはずだった。いや、あの手紙が来た時から、すでに予感があった。だが奥村との行為が目的で来たわけではなかった。
「俺はそんなつもりで来たわけじゃない!離せっ」
義明は叫びながら奥村を引き剥がそうとする。
「じゃあ、どういうつもりだったんだよ。忘れたとは言わせないからな、俺は!」
奥村に肩を捕まれる。そのまま力まかせにベットへと倒れ込んだ。
「…まだ覚えてるだろう?」
上に伸し掛かられて、義明は抵抗を封じられる。
「俺はおまえが困ってるっていうから来たんだ。こんなことのために来たわけじゃない!」
「……ああ、困ってるよ。おまえのことをずっと忘れられなくてな」
「嘘だ。俺のことなどずっと忘れていたくせに」
図星をさされて、奥村が黙る。
「ああ、俺はおまえのことなど忘れてたさ、おまえは薄情だったからな。こっちから連絡しないと、連絡一つ寄越さないやつだったよな」
でも、と言って奥村は義明の頬に手を添えた。
「今の俺にはおまえが薄情なやつだとわかっていても、他に頼れるやつがいないんだ」
「だから、相談に乗ってやろうとして、ここに来たんだろうか」
義明が怒りもあらわに奥村を睨む。
「おまえの顔を見たらつい、な。昔を思い出しちまって、やりたくなったんだよ」
奥村の勝手な言い草に義明は目眩を覚える。
「奥村……おまえ、俺とのことは青春の過ちにするとか言ってなかったか?」
「ああ、そうだっけ。忘れちまったよ」
そういって、行為を再開しはじめた。
「おい、奥村っ」
再び伸し掛かられて、義明が抗議の声を上げる。
「………わるい。もう止められない」
その言葉通り、奥村の動作に余裕がなくなっている。やや性急にスラックスをくつろげられていく。
ポイントを的確に刺激されて、義明がうめく。
「く……あ……っ」
奥村の思い通りにさせないよう、抗ってみても、身体が勝手に反応してしまう。
「ここも…ここも。俺のことを覚えている…」
不埒な指先が義明の肌の上をまさぐる。
やがて引き返せないところまで追い上げられていく。
「やめ……奥村っ」
「違うだろう…義明。こういう時は名前を呼べって言ってただろう…?」
奥村は焦らすように肝心な部分に触れようとしない。そのもどかしい刺激に耐えられなくて、義明は奥村へ哀願する。
「く……ッ。啓介……頼むから……これ以上は」
名前を呼ばせてとりあえず満足したのか、奥村が張り詰めた部分に刺激を与える。
「あ……あぁ……っ」
義明が放出すると、奥村が楽しそうに告げた。
「久しぶりだし、今夜はゆっくり語ろうぜ。身体でな」
直江が奥村から本当の相談事をされたのは、その翌朝のことだった。
1999.12.25
1999/6/27 作成
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