立花道雪
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立花道雪編 
 
「少し…遅くなりましたか。申し訳ありません」  
「いや…時間を決めてなかったからな…直江殿」  
 昨晩と同じ小さなお堂。お堂の中の小さな明かりが二人を照らしている。  
 立花道雪が先ほどから待っていた相手はゆっくりと近づいてきた。  
「道雪殿……お元気そうでなによりです」  
 道雪は昨日はじめて見た顔の中に、過日会ったことのある人物と同じ表情を見つけて、安堵した。  
「貴殿は阿蘇で死んだものと思っていたのだ。昨日は心の底から驚いたぞ」  
「驚かせるつもりはなかったのですが……」  
 直江は苦笑する。本当は連絡を取るつもりはなかったのだ。  
「憑坐の寿命が短くなったら貴殿のせいだからな…。まぁいい。それよりも…もっと顔を見せてくれ」  
 直江は静かに目を伏せると、道雪に近づいた。  
「……本当に直江殿だな……」  
 道雪が直江に向かって手を伸ばす。両肩をつかむ手が少し震えている。  
 直江はその手にそっと手を重ね、無言で頷く。  
「今日は過日の礼を果たしに参りました……」  
 道雪は、そんな直江の様子を感慨深げに見つめる。  
「本当にいいのか?貴殿は上杉とはもう関係ないと言っていた。わしは上杉の総大将殿と約束した覚えがあるのだが…」  
「………ええ確かに。ですが約束したのはこの私です。もしもそれでお気になさるのでしたら、一つだけお願いがあるのですが」  
「…何だ?」  
「明日、もう一度だけ赤鯨衆の嘉田嶺次郎と話をして頂きたいのです」  
「………それは……」  
 今日の話を聞いた限りでは、見るべきものはなにもなかったのだ。  
「もう一度話を聞いても、心を動かすつもりはないぞ」  
「それでも構いません。はじめから無理を承知でのお願いです。もう一度だけ彼の話を聞いてくだされば…それだけで他は望みません」  
「それは赤鯨衆の使者としての願いか?」  
「いえ、昨日は赤鯨衆の使者として。今日は道雪殿を旧知の仲としての私個人の願いです」  
 本当は高耶に「橘義明」として交渉するように言われていた。だがこの際仕方がない。  
 道雪は情に弱いところがある。どうしてももう一度、嘉田との交渉をさせねばならない。  
 直江は静かに道雪の答えを待った。  
「……他ならぬ貴殿の頼みとあらば、聞かぬわけにはいくまい」  
 道雪は少しため息をつき、それでも了承した。  
 
「それでは……!」  
 直江の表情に笑みが浮かぶ。  
「ああ、明日もう一度だけ、嘉田の話を聞いてやろう。……だが…もちろん、わしの望みも叶えてもらえるのだろうな……」  
 道雪が見返りを要求するのは当然である。  
「もちろんです。私に出来る限りのことでしたら…。  
もう上杉の大将としての力は使えませんが」  
「そのようなこと……望んでおらぬ。わしの望みを貴殿はすでにご存知のはず……」  
 そう言って、道雪は直江の腕を強くつかんで引き寄せた。  
「……道雪…殿…」  
「そんなに怯えなくてもよい……」  
 諭すような言葉に、直江は無意識に身構えた身体の力を抜いていく。  
 そんな直江の胸元のネクタイを道雪は緩めていく。  
「わしと貴殿が初めて会ったときのことを覚えておられるか…」  
 耳元に囁くように語りかけながら、道雪は直江のネクタイをはずす。  
「上杉の名は闇戦国では有名だった。そしてその大将景虎殿の名も…。貴殿が四百年仕えた相手をを下克上したと聞き、初めは軽蔑したものだ……」  
 道雪は忠節を重んじている。宗麟に対して下克上など考えたことはない。  
 直江をその場に静かに押し倒す。ワイシャツに手をかけながらゆっくりとボタンをはずしていく
「どんな者かと興味があった。どういう心境なら下克上など恩知らずな真似ができるのかと…な。初めてあったあの時、貴殿の瞳に迷いはなかった。強い意志を感じた」  
 なんという気迫かと。主君・大友宗麟はそんな直江の内からの強さが気に入ったのだろう…と。  
 直江の顎を持ち上げ視線を合わせる。  
「今も…その眼差しは変わっておられぬな…」  
 直江のワイシャツのボタンがすべて外された。その下に刻まれた刻印を見た。  
「……これは……!」  
 道雪は思わす息を呑んだ。宗麟が人は見かけによらない…と言っていたのを思い出す。  
「……あなたの主君、宗麟殿も驚いておられました」  
 道雪は直江の胸の傷痕へゆっくりと手を伸ばす。  
「殿もここに触れたのだな……」  
「道雪殿……」  
 今、道雪がこのような行動をしているのは宗麟公への思いからだ。主君が見たものをこの目で見たいのだ。宗麟公が触れたものに自分も触れてみたい。  
「なぜに…殿は……」  
 道雪は今、直江を通して今は亡き主君宗麟を見ているのだろう。  
「ここも……ここにも……殿が触れたのか……」  
 直江の胸へ手を這わせながら、呟く。  
「………ッ」  
 徐々に激しくなる道雪の手の動きに、直江は苦しそうに眉間に皺を寄せて抗った。だが、道雪の力は思ったよりも強く、彼の腕をはずせない。  
「直江殿、約束したであろう…。貴殿もなかなか往生際が悪いぞ…」  
 道雪はそんな直江のささやかな抵抗を軽くあしらい笑みを浮かべた。  
 
 やがて上司と部下ほどに歳の違う二人の影が一つになっていった……。  


 1999/1/8 作成
 
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