千秋修平
愛と官能の記録TOPへ
 


 
 
千秋修平編 
 雨の中、車は松本駅前のホテルに向かってひた走る。
「……本当にすまないな。長秀」
 助手席から直江は呟くように、声をかける。
「怪我人は黙っていろ」
 千秋はやや不機嫌そうに、ハンドルを右へ切った。
 雨で濡れる路上にタイヤの軋む音が響く。
 千秋のやや乱暴な運転に、直江は思わずヒヤリとする。
「もうちょっと丁寧に運転できないか?」
 仮にも怪我人を載せているとは思えない運転である。痛み止めをしているとはいえ、まったく痛みがなくなっている訳ではない。
「十分、丁寧に運転してるぜ。この車、ぶつけると高そうだもんな。まぁ、ぶつけたとしても運転代ってことにしておいてくれ」
 そう言いながら、千秋はアクセルを踏み込み、スピードを上げていく。
「おい、スピード出しすぎるなよ」
「そんなヘマするかよ」
 直江の忠告もどこ吹く風状態で、聞きいれようとはしない。
「まったく、お前は昔からそういう…わがままな所は変わってないな」
「おまえほどじゃないぜ、直江」
 直江は思い当たるふしがあるのか、苦笑する。
「そうか?……まぁ、おまえのは、わがままというよりも、気まぐれだと思うがな」
「気まぐれ?俺がか?」
 少し憤慨した口調で千秋は聞き返す。
「そうだろう?勝手に戦列を離れたり、景虎様への態度も、素直に従うときもあれば、そうでないときもあるしな。今回のことにしてもだ……」
 千秋は突然、路肩に車を止めた。
「おまえ、本当になんにもわかっちゃいないな」
 千秋がハンドルに突っ伏して、盛大なため息と共に告げる。
「何?」
「……俺がどうして上杉を離れたかも、何もかも嫌になった理由なんざ、これっぽっちもおまえは考えたりしないだろう?」
「…それは、おまえが……」
 何かを言い返そうとした直江の言葉を遮るように、千秋は直江の腕を引き寄せた。
 そのまま、軽く触れるだけの唇。
 それだけで、何かいいたげだった直江の言葉を封じてしまった。
「そうやって、おまえは、昔から俺を理解しようとしない」
「………長秀」
「いや。おまえは俺だけじゃなくて、他の奴のことも理解しようとはしないな。おまえの頭の中には、あいつしかいないもんな」
 千秋はため息をつきながら、直江の腕から手を離す。
「……とにかく俺はもう、そんなおまえの背中を眺めるだけなのは嫌なんだよ。それと、おまえを縛って離そうとしない大将のツラ見ているのもな」
 だから、上杉を離れたのだと。
「おれは、昔からあいつが嫌いだった。いちいち態度が気に障る。なにより、おまえを押さえつけて自分の優位を誇示する態度が気に入らねぇ。あいつにだけは負けたくなくて、いつも対抗してきた」
 だが、いつしか直江は景虎へ惹かれてしまった。
「……おまえは変わったよ、直江。まぁ、四百年も生きてれば当然だけどな」
「それは、おまえだって同じことだろう?長秀」
「まあな、だが、俺はあいつに負けたくねぇって、今でも思ってる。だけど、おまえは違うだろう?」
「………」
 少し考え込むような直江を見て、千秋は考えをめぐらせる。
「よし。決めた」
 突然、千秋が何事かふっきるように叫んだ。
「何を?」
 思わず問い掛けた直江に、千秋はその瞬間、人の悪い笑みを浮かべた。
「その身体じゃ、何かと不便だろう?看病してやるぜ。……手厚くな」
 その言葉の裏に、なにやら不穏な気配を感じた直江は、あわてて辞退する。
「いや。おまえ都合もあるだろうし、俺は大丈夫だ」
 手を振って大丈夫だと連呼する直江を、千秋は思い切り無視し、車を発進させる。
「いーから。いーから。俺にまっかせなさい」
 野望を胸に秘め、うきうきとアクセルを踏みこむ。
 目指すホテルまではあとわずかである。
「俺はもう俺の好きにする。……我慢は性に合わないしな……」
 千秋が呟くように言ったその一言が、直江の脳裏に嫌な予感を伝える。

 この後、直江の予感は的中し、直江が動けるまでに回復するのは3日後のことであった。


     2000.3.31
 
2015/1/9 作成
 
愛と官能の記録TOPへ